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2018年2月13日 (火)

トルデシリャスからブルゴスへ

今日はバスでトルデシリャスへ往復した後、バリャドリードに戻り、さらにブルゴスまで移動する。ホテルの朝食はパンが逸品でジュースやスクランブルエッグも実においしい。トルデシリャス観光のハイライトであるサンタクララ修道院は10時からではあるが川向こうからの写真も撮りたいので、1時間おきに出ている9:00のバスで出掛けることにする。ここには荷物を置いて行けるので、久しぶりに開放された。バスターミナルは国鉄駅から少し行ったところでインフォメーションで3番バス停から出発と教えてもらった。バス会社はREGIONAL社でいかにも地域密着という感じ。トルデシリャスへは30分弱で到着。ドゥエロ川(ポルトガル側はドウロ川)向こうまで行ってサンタクララ修道院の写真を撮影。やはり曇っているのがちょっと残念。トルデシリャスは鉄道がなくバスでしか行けないのが不便だが2つ重要なポイントがある。1つはイサベル女王の娘で王位継承者であるファナが精神を病んで幽閉されていたサンタクララ修道院ともう1つはポルトガルと当時まだ知られていなかった新大陸側の領土境界を決めた条約締結の地である。ちょうど写真を撮って戻ってくると10:00の開館時刻となったので、サンタクララ修道院へ行ってみる。内部の写真撮影ができないのが残念だがムデハル様式の装飾やパティオ、そしてブルーと金で飾られた天井はイランなどで見たまさにイスラム世界の幾何学模様で一瞬ヨーロッパだということを忘れさせる。その他にもファナ時代のフランドルから贈られたタペストリーやイサベル女王とフェルナンドのトラスタマラ家のドラゴンとファナの夫であり以降のハプスブルク家の双頭の鷲が飾られていた。しかも1人しかいないのに係の方に丁寧に説明もしてもらいながら見学できた。今回のスペイン旅行で最も予想以上に素晴らしいものが見られたのはこのサンタクララ修道院である。
サンタクララ修道院 サンタクララ修道院入口 サンタクララ修道院のパティオ
修道院を出てまっすぐ行ったところにあるインフォメーションがファナが過ごしていたところらしいが、現在は壊れて残っていないとのこと。その前にはファナの銅像が立っている。
ファナの銅像
このインフォメーションは無料の資料館も併設しており、世界を2国間で分割し教皇も認めたトルデシリャス条約についての解説がされている。
トルデシリャス条約についての解説 トルデシリャス条約

他にもレース織の資料館やワインセラーなどもあるのだが閉まっていたので、12:00のバスでバリャドリードに戻る。バリャドリードでは見たいところは回ってしまったので、ホテルのレストランがおいしかったので、食べに行く。こんなとき街中のレストランは場所代で高いがおいしいとあらかじめわかっているホテルのレストランは18ユーロでランチコースが食べられて結構リーズナブル。15:17の列車でブルゴスへ向かうため、14:30までくつろいで出発。バリャドリード出発時は遅れは10分ということだったが、途中のパレンシアやトマス デ トラケマダ修道士の名前でもあるトラケマダあたりで工事のためか動かなくなり、ブルゴス到着16:44の予定が17時を大幅に過ぎてしまった。駅前からバスは1時間おきにしかなく待っている人も誰もおらず17:15のあとは18:15だと思われるので、今回の旅行初のタクシーを利用。ホテルは?としきりに言われるが、ブルゴス大聖堂に行ってほしいというのがようやく伝わった。大聖堂までは9ユーロ弱だったが運転手さんはとても親切な人でブルゴスは素晴らしい街だよと言ってチップはいらないという。大聖堂の規模は完成までに約300年要しただけあってものすごい。しかも中に入ってみると今日はなぜかチケット代は無料だという。0円でもチケットをもらってバーコードをかざして中に入ることができた。大聖堂は外もすごいが中も豪華で規模が大きくすごい。確かに入場は閉場の30分前までというのもうなずけた。
ブルゴス大聖堂 ブルゴス大聖堂 ブルゴス大聖堂 ブルゴス大聖堂
大聖堂を出てサンタマリア門を見た後は大聖堂すぐ隣のブルゴス出身のレコンキスタの英雄の名を冠したホテルエルシドにチェックイン。部屋からは大聖堂が目の前に見えベストロケーション。夜はホテルの近くに人気のチョコレート店があり、行ってみるとなかなかの人だかり。この寒い時期だけにホットチョコレートとチュロスのセットが温まって大人気で、チュロス6本セットを夕食代わりに注文する。ホットチョコレートだけを飲んでいると甘すぎるので、チュロスがちょうどいい感じ。しかしチュロスを食べ終えてしまうとホットチョコレートだけになってしまい、締めにアメリカンコーヒーを注文。

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