« マルタ コミノ島へ | トップページ | バレッタの街 »

2018年2月18日 (日)

イムディーナからバレッタへ

今日はバレッタに遷都する前に首都だった古都イムディーナを経由してバレッタへ移動する。イムディーナはやはりアラビア語のメディナから来ている。マルタのバスは2時間以内なら乗継自由なので直行バスがなくても自由に乗り換えられる。メリッハ8:56の42系統バスに乗ってBurmarradというところで空港行X3系統に乗り換えればいいのだが、Burmarradで降りてX3系統のバスが来るのを待ったがいつまで経っても来ない。もしかして満席だと通過してしまうという情報があったがそれか。先ほど「Sorry No Service」と書かれたバスが行ったがまさかそれ!?しかもX3系統のバスは1時間に1本しかないのに。同じように待っていた女性がときどきあることよと言っていたが186系統のラバト行バスをさらに20分待って乗ることができた。10時過ぎにラバトバス停に到着し、城塞都市イムディーナの中に入ってみると古都の雰囲気がよく残っている。セントポール大聖堂は赤色の大理石の柱と床の彫刻された大理石が美しい。
セントポール大聖堂
ファルソン邸は入らなかったがノルマン時代の様式で建てられている。マルタの騎士というところで日本語の音声ガイド付マルタの歴史が紹介される3D映画が見られるというので入ってみた。オスマン帝国にロドス島を陥落させられて7年間彷徨ってマルタ島に安住の地を得てからマルタ騎士団の歴史が始まり、その後約4倍ものスレイマン大帝の軍勢に攻められても守り抜いた話やその約200年後ナポレオンのエジプト遠征では戦わずして無血開城してしまった話などが分かりやすく解説されていた。最後にローマ時代の遺跡を見て、バスでバレッタへ。
ローマ時代の遺跡
とりあえず荷物をホテルに預けて市内観光に出発。ホテルはフランス大使館の真向かいで超一等地。まずは大聖堂に行ってみたが、日曜日は入ることができなかったので、明日に取っておく。
バレッタの大聖堂外観
続いて岬の先端にあるエルモ砦に行ってみると、イムディーナで見た映画と共通する部分が多くあるが、街の名前にもなっている当時の騎士団長のヴァレットがオスマン帝国との攻防の重要性から新たな街を築いた歴史からナポレオンへの無血開城、その後イギリスのネルソン提督の活躍やスエズ運河の開通に伴う重要性からイギリス領となり、最後はイギリスからの独立、そしてマルタ会談でブッシュとゴルバチョフが冷戦の終結を宣言するまでの歴史が詳細にまとめられている。それにしても入場料10ユーロはちょっと高い。続いて城壁の外が遊歩道として整備されており、一周してみるとフェリー乗り場があり、対岸のスリマという街に渡ることができるフェリーが30分おきに出ているので、往復チケットを購入して渡ってみた。対岸からはバレッタの街が美しく見ることができ、ホテル前の坂道とこの風景はまるでルパン三世に出てくるワンシーンのようだ。
対岸のスリマから見たバレッタの街
ミニスーパーでレモンケーキとサクランボを売っていたので、買ってみた。サクランボは前回リトアニアで食べたものがすごくおいしかったが、マルタのは残念ながらイマイチだった。レモンケーキはもう少し甘さ控えめだとありがたい。16:30のフェリーでバレッタに戻り、ホテルにチェックイン。

« マルタ コミノ島へ | トップページ | バレッタの街 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« マルタ コミノ島へ | トップページ | バレッタの街 »